「嫁だから私がやるもの」と、義母の介護サポートを一人で引き受けていた私が、助けを求めるまで
義母の介護や生活のサポートを、
一人で抱え込んでいませんか。
義母のことが嫌いなわけではない。
できることなら、
力になりたいと思っている。
それなのに、
頼まれることが増えるほど疲れ、
心に余裕がなくなっていく。
そんな自分に、
「家族なのだから、
これくらいするのは当たり前」
「嫁なのに、
しんどいと思う私は冷たいのかな」
と、罪悪感を抱くことはありませんか。
例えば、
- 頼まれるたびに、予定を変えて対応する
- 本当は疲れていても「大丈夫」と答える
- ほかの家族に頼みたいと思っても、言い出せない
- 自分が断ったら、義母が困ると思ってしまう
- 家族のことだから、外へ相談してはいけない気がする
そんなとき、心の中では、
「嫁だから、私がやるもの」
「私が我慢すれば、うまくいく」
「助けてほしいと言ったら、無責任だと思われる」
と思っていることがあります。
関係を大切にしたいからこそ、
自分の疲れや負担を後回しにしてしまうのです。
介護が始まる前から、家族を支える役割を引き受けていました
振り返ると、
私が「長男の嫁だから」と引き受けていたのは、
義母の介護サポートだけではありませんでした。
親族が集まる場面や、
家族の中で対応が必要になったときにも、
「長男の嫁である私がするもの」
と思っていました。
一つひとつは、
できないことではありませんでした。
自分が動けば、
その場は滞りなく進みます。
周りからも頼られ、
感謝されることもありました。
けれど、それを繰り返すうちに、
私の中にも家族の中にも、
「家族のことで何かあれば、私が動くもの」
という前提が、
少しずつできていったのだと思います。
その延長線上に、
義母の介護サポートもありました。
介護が必要になったとき、
誰がどこまで担うのかを
家族で話し合うより先に、
「これも、長男の嫁である私がやらなければ」
と、私は自然にその役割を引き受けていました。
「嫁だから私がやるもの」がつくっていた背負いグセ
はじめは、
自分がすれば済むと思っていました。
できる限り応えようと、
義母の介護や生活のサポートを
一人で引き受けていました。
けれど、引き受けることが増えるにつれて、
少しずつ苦しくなっていきました。
本当は疲れている。
一人では難しい。
ほかの家族にも協力してほしい。
そんな気持ちがあっても、
「でも、私がやらなければ」
と打ち消していたのです。
振り返ってみると、
苦しかったのは介護を手伝うことだけではありませんでした。
「嫁だから、私がやるもの」
という思い込みによって、
引き受けるかどうかを考える前から、
答えが決まっていたことです。
ここでいう「背負いグセ」とは、
何でも自分から引き受けたい性格のことではありません。
役割や周りの期待を意識したときに、
自分の気持ちやできる範囲を確かめる前に、
「私が何とかしなければ」
と自動的に責任を引き受けてしまう
心のパターンです。
私の思い込みと、周囲の「任せておけばいい」が重なっていました
もう一つ、
この状況が続いた背景には、
家族の中での役割の偏りもありました。
私の中だけでなく、
周囲にも、
「長男の嫁が担うもの」
という役割意識が
あったのだと思います。
私自身にも、
「長男の嫁である私がするもの」
という役割意識がありました。
そのため、
頼まれる前から自分が動き、
負担が増えても、
苦しいことや助けてほしいことを
周りへ伝えていませんでした。
周りから見れば、
「これまでやってくれているから、
任せておいて大丈夫」
と感じていた部分も
あったのかもしれません。
私が「嫁だから私がやるもの」と引き受け、
周りも私が対応することを当たり前にする。
その両方が重なることで、
役割分担はますます固定されていきました。
誰か一人が悪かったというよりも、
それぞれが持っていた役割意識がかみ合い、
私が担う形が当たり前になっていたのです。
家族の中にある役割への思い込みと、
周りから向けられる期待が重なることで、
一人に負担が集中しやすくなっていたのです。
もちろん、
すべての家庭で
長男の嫁が介護を担うわけではありません。
家庭によっては、
近くに住んでいる人、
頼みやすい人、
断らずに動いてくれる人、
これまで対応してきた人などに
負担が集中することもあります。
問題は、
誰が長男なのかということだけではありません。
家族で役割を話し合わないまま、
「この人がやるもの」
という前提ができ、
特定の一人が引き受ける状態が
固定されてしまうことです。
「私がやらなければ」が、一人で背負う現実をつくっていた

思い込みだけで、
現実が魔法のように生まれたわけではありません。
けれど、
「私がやらなければ」
という前提が、
私の選択や行動を変えていました。
「私がやらなければ」と思う。
すると、
頼まれる前から自分で動く。
苦しくても、
助けてほしいことを伝えない。
周りからは、
「任せておけば大丈夫」に見える。
その結果、
さらに私のところへ役割が集まる。
そして私は、
「やっぱり、私がやらなければ」
と、ますます強く思うようになる。
こうして、
「私がやらなければ」という役割の思い込みが、
私が一人で背負う行動を生み、
その行動が、周りから任される現実を繰り返しつくっていました。
これは、
「すべて自分が引き寄せた」という話でも、
私だけが悪かったという話でもありません。
自分の中にあった役割の前提と、
家族の中にあった「任せておけばいい」という前提が重なり、
一人に負担が集まる関係が固定されていったのです。
この循環の中にいると、
- 今の自分にどこまでできるのか
- 何を負担に感じているのか
- ほかの家族に頼めることはないか
- 本当はどうしたいのか
を確かめることなく、
自分が引き受ける方向へ進んでしまいます。
疲れても、
「私の頑張りが足りない」
「家族なのだから、これくらい当然」
と考え、
さらに頑張ろうとしてしまいます。
介護のサポートだけが
私を苦しくしていたのではありません。
「嫁である私が全部やるしかない」と思い、
自分のできる範囲を考えたり、
助けを求めたりする選択肢を
持てなくなっていたことが、
苦しさを大きくしていたのです。
落とし穴は、思い込みを「変えられない事実」だと思っていたこと
「嫁だから私がやるもの」
と考えていることに気づければ、
「それは本当に、私だけの役割なのだろうか」
と立ち止まることができます。
けれど当時の私は、
これを自分の思い込みだとは
認識していませんでした。
疑うことのない、
当たり前の事実として受け止めていたのです。
そのため、
- これは誰が担うことなのか
- 私はどこまでなら無理なくできるのか
- ほかの家族と分けられることはないか
- 難しいときは誰に助けを求めるのか
という境界線について、
考えるところまで意識が回りませんでした。
すでに、
「私がやる」
と決まっているのですから、
自分とほかの家族の役割を
分けて考える必要さえ感じなかったのです。
だから、疲れや苦しさが出てきても、
「今の分担には無理がある」
という境界線を見直すサインではなく、
「私の頑張りが足りない」
と受け取ってしまいました。
境界線とは、
義母を突き放したり、
家族との関係を切ったりすることではありません。
自分ができることと難しいこと、
自分が担うことと周りに協力を求めることを
分けて考えるための視点です。
けれど、その前提となっていた思い込みに
気づいていなかったため、
境界線を育てるという選択肢そのものが
見えなくなっていたのです。
この背負いグセは、結婚後に突然始まったものではありませんでした
今なら、
「嫁だから私がやるもの、と思っていたんだ」
と言葉にできます。
けれど当時は、
それを自分の思い込みだとは
分かっていませんでした。
振り返ると私は、
子どもの頃から家族の中で、
「私が支えなければ」
と、役割を引き受けることが
自然になっていました。
立場は変わっても、
家族が困ると自分の気持ちを確認する前に、
「私が何とかしなければ」
と動く心のパターンが
繰り返されていたのです。
ただ、自分にとってはそれが普通だったため、
一人ではなかなか気づけませんでした。
子どもの頃から続いていた役割のクセと、
自愛を取り入れることで
関わり方を選び直していった過程については、
次の記事で詳しくお伝えします。
「私がやらなければ」という役割の思い込みは、
介護に限って表れるものではありません。
子育て、夫婦関係、親きょうだいとの関係、
仕事や人を支える場面でも、
「母親だから」
「妻だから」
「長女だから」
「私のほうができるから」
と、自分の気持ちやできる範囲を確かめる前に、
役割を引き受けてしまうことがあります。
場面は違っても、
その根には、
「困っている人がいたら、私が何とかしなければ」
という、無自覚な役割の前提が
あるのかもしれません。
「しんどい」は、義母を大切に思っていない証拠ではありません
自分の本音に気づこうとするとき、
「もう何もしたくない」
「全部やめたい」
という強い気持ちが出てくることがあります。
けれど、その奥を丁寧に見ていくと、
本音は一つとは限りません。
- 義母の力にはなりたい
- できることは協力したい
- でも、一人で抱えるのはしんどい
- 自分の生活や体調も大切にしたい
- ほかの家族にも関わってほしい
これらは、どれも本音です。
「しんどい」と感じることは、
義母を大切に思っていない証拠ではありません。
今のやり方では、
自分の負担が大きすぎることを知らせる
心からのサインかもしれません。
「嫁という役割」と「自分の本音」を分けてみる
「嫁だからやるのが当たり前」と思っていると、
自分の気持ちを確かめる前に、
引き受けることが決まってしまいます。
そこで一度、
役割と本音を分けて考えてみます。
役割から考えているとき
義母のサポートが必要になる
↓
「嫁だから私がやるもの」と思う
↓
自分の体調や予定を確認せずに引き受ける
↓
疲れや不満がたまる
↓
それでも「私が我慢すれば」と続ける
本音を確かめてから選ぶとき
義母のサポートが必要になる
↓
自分の気持ちと負担を確認する
↓
できることと、難しいことを分ける
↓
必要な協力を家族へ伝える
↓
自分が続けられる範囲で関わる
どちらも、
義母を支える行動かもしれません。
しかし、心の中では大きく違います。
一人で背負うしかない状態ではなく、
自分の気持ちも知ったうえで、
できる関わり方を選べるようになるからです。
本当は、落ち着いて助けを求められたわけではありません
ここまで読むと、
私が自分の本音を落ち着いて整理し、
家族へ上手に助けを求めたように
見えるかもしれません。
けれど実際は、
そんなにきれいな流れではありませんでした。
「嫁だから、私がやるもの」
そう思って我慢を続け、
できる範囲を超えて動き、
オーバーワークになっていました。
それでも、
まだ自分が頑張れば何とかなると思い、
助けを求めることができませんでした。
そして、あるとき、
抑えていた感情が一気にあふれました。
そこでようやく、
自分一人では続けられないこと、
自分にも助けが必要なことを認め、
家族にサポートを求めました。
今振り返ると、
限界になるまで我慢しなくても、
もっと早い段階で、
「今のままでは続けることが難しい」
と伝えてよかったのだと思います。
伝えるときに大切なのは、
誰かを責めることではなく、
- 今、どのような負担があるのか
- 自分は何なら続けられるのか
- 何を協力してほしいのか
を分けて伝えることです。
例えば、
「これまで私が対応してきましたが、
一人で続けることが難しくなってきました」
「今後もできる範囲では協力したいと思っています」
「通院の付き添いや連絡などを、
皆で分担できないでしょうか」
というように、
今の状況と希望を具体的に伝えます。
助けを求めたことで、義母を見捨てたわけではありません
家族に協力を求めたことで、
私の負担は少しずつ軽くなりました。
大きかったのは、
やることが減ったことだけではありません。
「私一人で、すべてを背負わなくていい」
と思えるようになったことです。
助けを求めることは、
義母を見捨てることではありません。
何もかも断ることでもありません。
自分にできる範囲を確かめ、
必要なところは周りに協力を求めながら、
続けられる関わり方へ整えることです。
自愛は、介護をしないことではありません
介護や家族のサポートでは、
「私が全部やる」
「もう何もやらない」
という二つの選択しかないように
感じることがあります。
けれど、その間には、
たくさんの選択肢があります。
- できる曜日や時間を決める
- 担当することと、しないことを分ける
- 夫やきょうだいと役割を分担する
- 外部の支援について相談する
- 今までの関わり方を見直す
私が自愛の考え方を取り入れて
少しずつ分かるようになったのは、
自分の気持ちも、
家族の気持ちと同じように
大切にしてよい
ということでした。
自愛とは、
義母を大切にしないことでも、
介護やサポートをすべて手放すことでもありません。
いつも自分の希望だけを通すことではありません。
自分が何を感じ、
どこまでなら無理なくできるのかを知り、
そのうえで、
自分も相手も大切にできる関わり方を
選び直すことです。
私の場合は、
一人で全部を抱えるのではなく、
家族に助けを求め、
できる範囲で義母を支えることが、
自分を置き去りにしない選択でした。
ミニワーク|今、何を一人で抱えていますか
紙やノートに、
次の問いを書いてみてください。
1.今、自分が引き受けていることは何ですか
介護、通院、買い物、連絡、家事、
気持ちのケアなど、
実際にしていることを書き出します。
2.その中で、特に負担に感じていることは何ですか
体力、時間、気持ち、家族との調整など、
何がつらいのかを分けてみます。
3.「私がやるもの」と思っていることはありますか
嫁だから。
家族だから。
近くに住んでいるから。
今まで自分がしてきたから。
どのような理由で引き受けているかを確認します。
4.無理なく続けられる範囲はどこまでですか
全部やめるかどうかではなく、
「これはできる」
「これは難しい」
「これは回数を減らしたい」
と分けてみます。
5.誰に、何をお願いできそうですか
夫、きょうだい、親族、
相談できる支援先などを書き出します。
すぐに頼めなくても大丈夫です。
まずは、
自分が本当は助けてほしいと思っていることを
自分自身が知るところから始めます。
TRIAL SESSION
一人で抱え続ける前に、
自分の本音を整理してみませんか
「何が一番負担なのか分からない」
「どこまでならできるのかを整理したい」
「家族にどう伝えたらよいか分からない」
という方へ。
体験セッションでは、
今悩んでいる一つの場面を取り上げ、
心の中にある思いを一緒に整理します。
- 感情
- 本音
- 境界線
- 関係性
- 最初に試してみたい選択
一人ですべてを背負うのでも、
大切な関係をすべて手放すのでもなく、
自分の気持ちを大切にしながら、
自分の納得で選べる関わり方を
一緒に見つけていきましょう。
何から話せばよいか分からなくても大丈夫です。

