不登校の子どもに対して、
「今は見守った方がいい」と聞くことがあります。
でも、いざ自分の子どもを前にすると、
こんな不安が出てくることはありませんか。
「見守るって、何もしないことなの?」
「声をかけない方がいいのかな」
「でも、このままだと放置していることにならない?」
「親として何かしないといけないんじゃないかな」
子どもが学校に行けない状態の時、
親はどう関わればいいのか、
とても迷いやすくなります。
近づきすぎると、
子どもを追い詰めてしまう気がする。
でも、離れすぎると、
子どもを見捨てているような気がする。
その間で、
お母さんの心も大きく揺れてしまうことがあります。
見守ることは「何もしないこと」ではありません
まず大切なのは、
見守ることは、
何もしないことではないということです。
見守るとは、
子どもの状態に心を向けながら、
必要以上に入り込みすぎないこと。
子どもを信じようとしながら、
でも困った時には戻ってこられる場所を
残しておくことです。
たとえば、
毎日しつこく理由を聞かない。
でも、子どもの様子は見ている。
無理に学校の話に持っていかない。
でも、食事や生活の中で
小さな声かけは続けている。
子どもを責めない。
でも、お母さん自身の不安も
なかったことにはしない。
これが、見守る関わりに近い状態です。
放置は「関心を向けないこと」
一方で、放置は、
子どもへの関心を閉じてしまうことです。
「もう知らない」
「勝手にしたらいい」
「どうせ言っても無駄」
「私は関わらない」
そんなふうに、
子どもの状態を見ることも、
自分の気持ちを見ることもやめてしまうと、
放置に近くなっていきます。
もちろん、お母さんが疲れすぎている時には、
一時的に距離を置くことも必要です。
それは放置ではありません。
むしろ、
お母さんの心を守るために必要な休息です。
ただ、心の中で完全に関心を切ってしまったり、
子どもが困っているサインにも気づかない状態が続くと、
親子の距離は少しずつ遠くなってしまうことがあります。
見守る時に大切なのは「距離感」
不登校の子どもとの関わりで難しいのは、
近づきすぎても苦しくなり、
離れすぎても不安になることです。
だからこそ大切なのは、
ちょうどいい距離感を探していくことです。
たとえば、
子どもの一日の過ごし方を
細かく確認しすぎると、
子どもは監視されているように感じるかもしれません。
でも、まったく声をかけないと、
「自分は気にかけてもらえていない」と
感じる子もいるかもしれません。
大切なのは、
正解を一つに決めることではありません。
今の子どもの状態。
今のお母さんの心の余裕。
親子の関係性。
これまでのやりとり。
それらを見ながら、
その家庭に合う距離感を
少しずつ探していくことです。
見守っているつもりなのに苦しくなる時
お母さんが「見守ろう」と思っていても、
心の中ではこんなことが起きていることがあります。
本当は心配でたまらない。
でも、言うと嫌がられそうで我慢している。
本当は確認したい。
でも、見守らなきゃと思って黙っている。
本当は不安でいっぱい。
でも、子どもの前では平気なふりをしている。
この状態が続くと、
お母さんの心の中に、
我慢や不安がたまっていきます。
そして、ある日ふとしたきっかけで、
言葉が強くなってしまったり、
涙が出てしまったり、
「もうどうしたらいいの」と苦しくなってしまうことがあります。
それは、お母さんが悪いからではありません。
見守るという行動の前に、
お母さん自身の心が整理されていないと、
見守ることそのものが苦しくなってしまうのです。
見守るためには、お母さんの心の土台も必要です

子どもを見守るには、
お母さんの心の土台も必要です。
心の土台が疲れている時は、
子どもの小さな反応にも揺れやすくなります。
返事がそっけない。
昼夜逆転している。
スマホばかり見ている。
学校の話を避ける。
そんな様子を見るたびに、
不安が大きくなり、
つい口を出したくなることがあります。
でも、そこで一度、
お母さん自身に戻ってみてください。
「今、私は何を感じている?」
「私は何が不安なんだろう?」
「今、子どものために動きたいのか、
自分の不安を落ち着かせたくて動きたいのか」
この問いを持つだけでも、
関わり方は少し変わっていきます。
見守るとは、
お母さんが不安を感じないことではありません。
不安を感じた時に、
その不安に飲み込まれすぎず、
一度自分の心に戻ってから関わることです。
見守ると放置の違い
見守ることと放置することの違いは、
外側から見るとわかりにくいことがあります。
どちらも、
すぐに口を出さない。
すぐに動かない。
子どもに任せる。
そんなふうに見えるからです。
でも、心の向きが違います。
見守る時、
お母さんの心は子どもに向いています。
ただし、
子どもの人生をすべて背負おうとはしていません。
子どもを信じようとしながら、
必要な時には支えられるように、
自分の心も整えています。
一方で、放置は、
関心を切ってしまうことです。
見ないようにする。
考えないようにする。
関わることをあきらめてしまう。
この違いは、
子どもへの声かけの回数だけでは判断できません。
お母さん自身が、
子どもとの関係にどんな心の向きでいるのか。
そこが大切です。
今日からできる小さな一歩
見守ることに迷った時は、
まず次の3つを確認してみてください。
一つめは、
今の自分の不安に気づくこと。
「私は今、焦っている」
「私は将来が心配なんだ」
「私はこのままでいいのか不安なんだ」
そうやって、
まず自分の気持ちを言葉にしてみます。
二つめは、
子どもの問題と自分の責任を分けること。
子どもが学校に行けないことを、
すべてお母さんの責任として背負わなくて大丈夫です。
お母さんにできることと、
子ども本人が少しずつ向き合っていくことは、
分けて考えていく必要があります。
三つめは、
小さな関わりを続けること。
大きな話し合いをしなくても、
毎日の中でできることがあります。
「ごはん置いておくね」
「今日は寒いね」
「何かあったら言ってね」
そんな小さな声かけでも、
子どもにとっては、
安心のサインになることがあります。
TRIAL SESSION
不登校の子どもを前に、自分を責めたり、何をしたらいいかわからなくなっている時、 本や動画で学んでも「自分の場合はどうしたらいいのか分からない」と感じることがあります。
そんな時は、 ひとりで答えを出そうとしなくても大丈夫です。 体験セッションでは、 今のお母さんの心で何が起きているのかを整理しながら、 子どもとの距離感や、 今できる関わり方を一緒に見つけていきます。
子どものことを大切に思う気持ちを否定せず、 でも、お母さんがすべてを背負いすぎないように。 まずは、絡まった思いを安心できる場所でほどいていきましょう。

